応募作品一般公開

お母さんへ

僕のお母さんは外でも家でも働いています。
休日スポ少で出かけるときにおにぎりを朝早く作ってくれます。
他にもお金の仕分けなどしていてとても大変そうです。
平日朝9時から家を出て帰って来るのは5時で
帰ってきてとても疲れていて、次の朝体調を崩す
ときもあるけど僕の前ではいつも笑ってくれます
。家で僕が体調を崩したときは付きっきりで看病
してくれてとても優しいお母さんです。
いつまでも体調を大事にしてください。

愛知県 小学生の部

私がおつかいに行っておかいけいをすませたら、定員さんが聞いてきた。「1人で大丈夫?」私はこう言った。「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてごめんなさい」そしたら定員さんが、「そっか、こちらこそごめんね」と、言ってくれた。なぜか心がキレイになった気がした。「ありがとうございます」と言いたかったけど、なぜか、言わない方がいい気がした。家に帰っても、何日か過ぎても、定員さんのことが気になってしかたがない。あの時の定員さんにあらためて言いたい。「ありがとう」と。ちがう日に、ちがう定員さんがいて、「ありがとう」と小声で言った。外に出ると空が光って見えた。家に帰って、決意した。「定員さんみたいに、だれかによろこんでもらえるような人になりたい」と。はずかしいからいつも言えないけれど、いつかみんなに、「ありがとう」と胸をはって言える日を待っている。

愛知県 小学生の部

15歳の卒業式、保護者席に置かれた感謝の手紙はそのまま持ち帰った。
母子家庭で3人兄弟。毎日仕事に家事にと疲れている母に来てほしいとは言わなかった。
「いつも美味しいご飯をありがとう。部活動で汚れた服をきれいに洗ってくれてありがとう。」そんな内容だったと思う。改めて渡すにはどこか気恥ずかしく、ずっと引き出しに眠ったままだ。
今年の春、体調が悪いと言う母を無理やり病院に連れて行くと、ステージ4のがんと診断された。すぐに手術と入院が決まり、連日の検査で送迎や付き添い、入院の準備に追われる中、母はふと「あなたたちになにもしてあげられない自分が情けない」と泣き崩れた。その背中は、あの時よりずっと小さく見えた。
「もう充分がんばったから、胸張って生きろよ。あなたの息子に産まれたこと、一度も後悔したことないから」
ちゃんと伝えよう。今度は私が支える番だ。

愛知県 一般(高校生以上)の部

私はくも膜下出血で倒れ脳外科の先生に手術をしていただき1ヶ月入院し後遺症もなく以前と変わらず仕事に行けて元気に毎日を過ごす事ができています。
1ヶ月の入院中、今まで当たり前にできていた事ができなくなりたくさんの看護師さんにお世話になり、もちろん手術して下さり命を繋いで下さった先生には感謝しかありません。
痛くて何度もナースコールしても嫌な顔もしないでくれたり身体をふいてくれたりホント大変なお仕事だと思います。
患者さんに寄り添ってくれていつも笑顔で接してくれて感謝です。
私が今こうして元気でいられるのは、手術して下さった先生、お世話して下さった看護師さん達、食事の用意や掃除をしてくれたおばちゃん、リハビリの先生などたくさんの方のおかげです。日赤で良かった。本当にありがとうございました!
繋いでくれた命、大切にこれからも元気に笑顔で過ごしていきます。

愛知県 一般(高校生以上)の部

両親へ
いつもありがとう。自分達も忙しい中、支えてくれてありがとう。
最近は昔みたいに家族揃って旅行には行けなくなってしまったけど、今は夫婦2人っきりの旅行を楽しんでください。そして、旅先の話を沢山聞かせてください。
いつかまた2人を旅行に連れて行ってあげたいです。旅行が難しかったら一緒にご飯を食べに行こうね。
まだまだ迷惑をかけてしまうと思うけど、これからもよろしくお願いします。
最後に本当にありがとう。

愛知県 一般(高校生以上)の部

「就職おめでとう。辛いこともあるだろうけど、めげるなよ。」社会人の大先輩である父に、一歩近づけたような気がした。
 引っ込み思案で人見知りだった私は、小さな頃から両親の後ろに隠れるような子どもだった。年齢を重ねるにつれ、人の輪にうまく入れない自分に歯がゆさを感じ、悩んできた。大学生になり就職活動を通して社会の厳しさを知ったとき、これまで両親に守られてきた自分の甘さ、寡黙ながらも家族の為に働き続けてきた父の存在の大きさを、改めて実感した。人はそう簡単には変われない。けれど、父の教えであり、今では私自身の信条となっている「誰に対しても誠実であること」を面接で伝えた会社から、内定をいただいた。
 今年の四月から父と同じ営業職で働き始めた。日々勉強の毎日だ。頼りないところも多いがめげずに進んでいきたい。
 今までありがとう、お父さん。多くの人から信頼されてきたあなたの背中を追い続けていきます。

愛知県 一般(高校生以上)の部

私が起きると、もう隣に母と父はいない。階段を降りて一階に行くと、父はおらず、母はいつものように朝ごはんを作っている。そして、正社員になった母は、私が学校に行く前に仕事に行ってしまう。
 朝早くに起きて仕事に行く父も働き者だが、家の仕事をこなし、職場でも働いている母は、とても働き者だと思う。母は、私が手伝おうとしても、たまに遠慮をする。そして、「いつも助けてくれてありがとう」と言う。私は、もっとお手伝いをして母を喜ばせたいと思っているのに。
 母は疲れていることが多い。でも、いつもニコニコしているから、私は気持ちが良い。私は、母に少しでも楽になってもらえるよう、喜んでもらえるよう、時々マッサージをしている。母の嬉しそうな顔を見ると、本当に幸せだ。だから、母の喜ぶことをもっと探して、ありがとうを伝えたい。
 たくさん働いてくれるママへ、いつも笑顔でいてくれて、仕事をしてくれて、ありがとう。

三重県 小学生の部

孫,小学1年生、4年生の男子2人がお世話になっている学童保育所、ニコニコクラブの指導員のみゆさんにありがとうを伝えたい。4年前、一年生になった孫は、お友達との関係が悪くなり、嫌な思いをさせてしまいました。孫の親、つまり私の娘もひどく悩みました。その時、相談にのってくださったのが、指導員のみゆさんでした。みゆさんは、一年の孫について、「大丈夫だよ。友達同士の関係は、お互いさまだから,毎日様子を見てるけど,一方的に悪いわけではないよ。むしろ、優しすぎるくらいだよ!」と、娘を励ましてくれました。子育てに落ち込んでいた所を救ってくれました。日頃から大勢のお子さんをたくさん観察してるみゆさんだから、伝えてくれたのだと、感謝につきます。本当に有り難い言葉だったと、娘,私も救われました。
これからも、みゆさんが、学童保育のお子さん、そのお母さんを支えてくださることを願ってます。本当にありがとうございます。

愛知県 一般(高校生以上)の部

「仕事、やめよう。」
大好きで私の誇りだった仕事なのに、第2子の育休明けにそう思った。

復帰初日から保育園のお迎えコール。夜泣きで何度も起こされ、毎朝5時起きで家事と育児。仕事のブランクは想像以上に大きく、以前のように働けない。からだも心も疲れ果て、記憶のない日々。ワークもライフも中途半端になっていると感じていた。

ここまでして働く意味って、あるの?

そんな時、年長の息子が聞いた。
「ママ、どんなお仕事してるの?」

私は、笑顔で答えた。
「ママは作文が好きだから、会社のすごいところを書いて、みんなに読んでもらうお仕事だよ。楽しいよ!」

あぁ、私は仕事が大好きだ。ライフもワークもどちらも大切にしたい!

そんな私の「働く」を支えてくれたのは、周りの人たちの優しさだった。子どもたち、家族、同僚、ママ友、保育園の先生や、地域の方々。私の「働く」を応援してくれるすべての人へ、心からのありがとう。

愛知県 一般(高校生以上)の部

父、母へ
父は40年以上、母も専業主婦からパート、そして正社員と、ずっと家族のために働いてくれました。
そのおかげで私は、学生時代を思う存分楽しむことができました。当時は支えられている実感がなく、感謝を言葉にすることもできませんでした。
今、家庭をもち、子どもにも恵まれてみると、その大変さが少しずつわかってきました。
そんな矢先、主人を亡くし、子どもを育てるためにUターンしてきた私に力を貸してくれたのは両親でした。
改めて思うと、どんな時も私を支えてくれたのは父と母です。
親とは偉大です。私も両親のようになれたらなと思ってます。
照れくさいけれど、毎日、毎日、本当にありがとう!
おかげで今、私たち親子は、毎日笑顔で過ごすことができています。

愛知県 一般(高校生以上)の部