仕事を終えて帰宅するのは夜10時。それから夕飯を摂って夕刊を読んでちょっとテレビを見ていたりすると、あっという間に0時を回ってしまう。私より早く帰宅する夫は帰りを待っていてくれるけれど、さすがにその時間まではつきあえないから先に寝てしまう。リビングで1人になった私は、お風呂に入らなきゃ、食器を片付けなきゃ、朝のお米を研がなきゃあと思いながら、床に転がって寝てしまうことが日常になってしまっている。
そして午前3時頃、煌々と電気の光るリビングで目を覚まし、ああ台所を片付けねばと起き上がる私の耳にバイクの音が聞こえてくるのだ。朝刊を配達する新聞やさん。こんな時間に灯りのついている我が家のことを、いつもどう思っているのだろう。新聞やさん、ありがとうございます。この時間、この世に私ひとりだけではないとバイクの音を聞いて思っています。そして今日こそは、電気を消して布団に入って寝ようと思うのです。
三重県 一般(高校生以上)の部
この歳にもなって、一つ恥じています。父母が仕事をしながらも、私の面倒をみて相談に乗ってくださっていたことが、如何に恵まれ敬うべきだったのかをようやくこの頃理解し、そして多大な感謝を申し上げたくなりました。お二人には、小・中学生の頃は破天荒でいつも神経をすり減らしてしまいましたし、高校三年時には志望先が定まらず何度も夜に起こしては悩みを聞いていただきました。しかし、家庭で何が起ころうと翌日には決まった時間にお二人は起き、職場へと何気ない顔で向かわれる、私は真似を出来るのだろうかと畏敬の念に近い感情を何度も抱いてきました。それでも就活がいつの間にか無事に終わり、父母とお祝い旅行に出かけた際に、「あんたももう新しい家庭を持つんだよ」とおっしゃられた時には、もうお二人と生活をできない寂しさと、これからはあなた方に教えていただいたすべてを発揮する時だと強く憶えました。いつもありがとうございました。
愛知県 一般(高校生以上)の部
毎日、退屈な僕に、人生感を変える出来事があった。宅配便が来たので、僕が応対した。ハンコを押した。「重いから家の中までお持ちします」親切にも、運転手は、家の中まで運んでくれた。帰り際、「ご利用、ありがとうございます。又のご利用、お待ちしております」何と言う爽やかな青年であろう。秋風が吹いた、ような気がした。それと共に、青年の荷物を配る苦労も、思い浮かんだ…思わず、「ありがとう、又、持って来てね」と言った。
それ以来、宅配便の運転手はもちろん、バスの運転手、交通誘導員など、僕のために働いてくれる人に、できるだけ、「ありがとう」と言うことにしている。こちらまで、幸せになったような気分になる。社会の為に、働いている人に感謝すると、感謝した方にも、良い事が起こるような気がするのは、不思議だ。あの青年よ、ありがとう。ありがとうは、全く、幸せを運でくれる、魔法の言葉である…働く人よ、ありがとう!
愛知県 一般(高校生以上)の部
いつも家族のために働いてくれてありがとう。全ての責任を背負って朝から夜まで汗水垂らして働いているのは、みんなわかっています。黙々と作業する仕事なので、たまにみんなで行く外食や旅行がすごく楽しみですね。私たち家族もとても楽しいです。これからも、そんなあなたを家族全員で支えていきたいと思います。働くことの大切さは、あなたの背中が家族に教えてくれています。好きな仕事をやり抜くこと、家族のために働いてくれていることを身をもって教えてくれています。子供達も見習って将来の仕事の選択をできるように育ってきています。
楽しいばかりではなく、辛いこと、苦しいこと、悔しいこともあります。でも、それを乗り越えることの喜び、大切さ、それが人間の成長だということも教えてくれています。
今後子供達もそれぞれ旅立っていきますが、あなたを見習って社会の役に立てるような職業選択をして欲しいと思っています。いつもありがとう。
岐阜県 一般(高校生以上)の部
14年前、私はマイホームを購入しました。大きな家ではないけれど、建築業で働く父も認める手抜きのない家でした。理想の間取りで満足感の高い買い物でした。しかし、訃報は突然、訪れました。ハウスメーカの倒産です。倒産の際、家の所有権が私に移っていなかった為、家の保障など全ての債権を放棄し、なんとか所有権を確保しました。ただ債権の中には外構工事が含まれており、債権を放棄した為、資材はあっても工事はできず、資材は何日も放置されたままでした。ある日、外構工事の業者の方が、たった一人で作業に来てくれました。ハウスメーカに支払能力は無く、この業者の方は無償奉仕なのに、なぜ来てくれたのか?不思議に思い質問しました。すると「お客さんが何も悪くないのに放置はできない。」と答えてくれました。この瞬間、私の家はかけがえのない財産に生まれ変わりました。想いをもって私の家に携わってくれた全ての人にありがとう。
愛知県 一般(高校生以上)の部
電話が鳴った。僕な、働いてる。シールはったり、造花の花作ってる。こうちゃんの声。毎週日曜日午後電話で近況報告。こうちゃん、体に気をつけるんやで。うん、またな!。生まれ育った山奥で、家業の農業を手伝ってきたこうちゃんでしたが、家族が他界し、50過ぎに都会で暮らしてた。電話が鳴らなくった、こうちゃんが入院した。コロナ渦で会えず時間だけが過ぎていった。年の瀬、病院にお願いをしてお見舞いにいった。防護服に身を包み5分という時間、手をにぎり肩をさすり懐かしい生まれ育った風景の写真を見せ、とめどなく話をした。また退院したら作業所の仲間と働きたいと。時間は一瞬でした。帰りまた来るわな!またな。またね。手を放し姿が見えなくなった廊下に、またな!とこうちゃんの声が響いた。10日後こうちゃんは、亡くなった。その後、色々な人が働ける農業メインの作業所がこの山奥にできた。こうちゃんがいたらどんだけ喜んだだろうか。
三重県 一般(高校生以上)の部
「ありがとう」この言葉を全てのはたらく人に伝えたいと思った。
毎日が楽しくすごせるのは、はたらく人のおかげだと思う。エアコンやせんぷうき、テレビやゲーム機、本や新聞紙、食べ物もはたらく人が努力をしてつくってくれたおかげで、私たちはそれらをつかえていると思う。つくるときのくろうはどのくらいかはわたしにはそうぞうもつかない。でも、とても大変なことはわかる。だからこそ「ありがとう」を伝えたい。テレビをみたり、本を読んでみたりすると感謝の気持ちで心がいっぱいになる。どこをみてもはたらく人の努力がつまっている。
私ははたらく人は世界中の人々を幸せにしていると思う。はたらく人のおかげでみんな笑っていられると思う。はたらく人のために出来ることは「ありがとう」を伝えることだと思う。「ありがとう」の言葉は言う側も言われる側もあたたかい気持ちになれると思う。だから私は伝えたい。「ありがとう。」
愛知県 中学生の部
朝と夜、練習場まで往復四時間の送迎。早朝からの弁当作り。泥で真っ黒になったユニフォームの洗濯。疲れた僕の体のケア。僕が遠方でのクラブチームの練習と学校を両立できているのも、週末や長期休暇に休みがとれる仕事を選んで、パートをしながらこれらを担ってくれている母のおかげだ。それなのに、反抗期の僕はつい、うっとうしく思って母にイライラをぶつけてしまう。そんなときも
「そういう時期まで成長したんだね。」
と母はまぶしそうに目を潤ませる。ぼくの時々しか口に出さない「ありがとう」に
「嬉しいなぁ。すぐにお礼が言えてえらいね、疲れが吹っ飛んじゃったよ。」
なんて満面の笑顔で僕を見る。母は僕のメンタルサポートもしてくれているのだ。
母は本当はやりたい仕事があると僕は知っている。だからいつもは照れくさくてなかなか言えないけど、ちゃんと伝えたい。
「僕のサポートいつもありがとう。いつかお母さんの夢をサポートするね。」
愛知県 中学生の部
いつもいつもありがとう。
障がい児の子育て中
私が入院になり、いつも一緒に手伝い子育てに参加、毎日の生活を助けてくれてる
お父さんに感謝を伝えたいと思いました。
朝、早くから仕事に残業と帰ってきてもつい
頼ってばかりで
今回も安心して、子どもをお願いできる
すごいお父さんに感謝しかありません。
普段は照れくさて、ありがとうしか言えないけど、
一緒になってからいろいろあったけど
ずーっと、これからも、ありがとうと伝えたいです。
愛知県 一般(高校生以上)の部
いい関係でここまでこれた。何事も継続だから成功できた。みんなありがとう。
愛知県 一般(高校生以上)の部